2019/09

01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30
<< >>

デンマークの友人からのメールにて、
2008年11月29日(土)ヨン・ウッツォンが亡くなった、
という連絡があった。

ヨン・ウッツォンといえば、シドニーのオペラハウスが有名だ。
2003年には、建築界のノーベル賞ともいわれるプリツカー賞も受賞している。

デンマークに住んでいたとき、彼の建築をいくつか見に行ったが、
その中で「バウスヴェア教会」が一番印象に残っている。

日本での知名度はアルネ・ヤコブセンに遠く及ばないが、
デンマーク国内では人気を二分、あるいは若者からはヤコブセンよりも支持されている建築家だ。
シドニーのオペラハウスでも評価された高い独創性がその理由だという。
ヤコブセン自身も、「自分にないのはウッツォンの才能」と言ったとか、言わないとか……

また、彼が僕が留学していた町、Helsingorを拠点にしていたことも、
勝手に親近感を抱いている理由だ。
学校のすぐ裏側にあった、20世紀の集合住宅の名作「キンゴーハウス」にも感銘を受けた。


彼の偉大な才能は、息子のキム、娘のリンがしっかりと受け継いでいると思う。

2007年のハンス・J・ウェグナーに続き、北欧デザインの黄金期を彩った巨匠が去った。
年の瀬、少し淋しいニュースです。


バウスヴェア教会



今週末、家の近くの東京女子大学で大学祭が行われていた。

昨日の天気とはうって変わり、今日は吹き抜ける風に冬のはじまりを感じさせるけれども、どこまでも透き通るような青空。

日頃、世間の冷たい風にさらされ続けているボクのこころを暖めてもらうべく、ボクは東京女子大学の校門をくぐった・・・


のではなく、アントニン・レーモンドの建築が見たかったのだ。


実はボクのいとこが以前通っていて、あまりにもその建築がすばらしいっていうものだから、いつか行きたいと思っていた。
でも女子大だし・・・なかなか入るきっかけがなかったのだ。

門をくぐると、女子大生の甘い熱気にグラリ・・・
そしてチャペルに入り、そのステンドグラスの美しさにノックアウトされてしまった。
東京女子大学のホームページによると、ステンドグラスの色は42色もあるらしい。
外の熱気とは裏腹に、その静寂な場所に降り注ぐ光にしばらく見とれていた。
http://office.twcu.ac.jp/o-board/TWCU/campusmap_guide.html

けっして、女子大生に見とれていたのではありません。
あしからず。



私と日本建築
私と日本建築
A.レーモンド

気がつくと3月。
結局、2月は1度もブログを書けなかった。メルマガは始めたけど・・・

ひさしぶりのブログは今朝の出来事・・・

今朝、通勤途中のJR中央線の車内にて。
ふと視線をドア上部に向けると、“東京駅ルネッサンス”の交通広告。
ドア上部のみならず、見渡す限りの車両ジャック。
内容は、東京駅を巡る数々のヒストリーとこれからについてだった。
普通車両ジャックって嫌悪感を持つけれども、まったく嫌な感じはしない。
むしろ、朝の混雑する車両の中を人を掻き分け掻き分け、すべてを読んでみたいと思った。

辰野金吾の手により、1914年に竣工された東京駅。
戦争により一部は破壊されたものの、当時のルネッサンス様式は留めており、丸ビルなどの新しいビルディングが建ち並ぶ丸の内口において、威風堂々とした姿を僕たちに見せてくれている。
大阪から上京して、はじめて丸の内口側から赤レンガ色の建物を見たときの感動は今でも忘れられない。

その広告には、建物、駅そのものの紹介だけでなく、かつてその場所で行われたさまざまなエピソードが綴られていた。
赤帽、ステーションホテルで行われた挙式、ギャラリーでのイベントなどがセピア色の写真とともに紹介されていた。ホテルとギャラリーは今でも現役で、僕はギャラリーには一度だけ行ったことがあるけど、広くはないけれどもその重厚で暖かさを感じる空間に、居心地の良さを感じたことを覚えている。

対照的に東京駅周辺の再開発はものすごいスピードで進んでいる。
2003年に落ち着いたかと思った東京中の再開発の波は、さらにうねりを増しているかのようだ。

竣工から100年の時を迎えようとしている東京の玄関口。
いつまでも変わらないでいて欲しいものです。



東京駅の建築家 辰野金吾伝
東京駅の建築家 辰野金吾伝